「本当の価値」が見える人・見えない人
普通預金、定期預金、外貨預金、個人向け国債、株式、投資信託、生命保険、個人年金・・・。世の中に出回っている金融商品はさまざまで、普通の人ではとてもすべてを理解することはできません。いったい私たちはなぜ金融商品を購入するのでしょうか?私たちは金融商品の価値をどのくらい理解しているのでしょうか?
最近改めてそんなことを考えました。そのきっかけとなったのが、Cさんとのやりとりです。Cさんは私のお客様(Dさん)からの紹介で、生命保険の見直しについて相談にいらっしゃいました。その経緯を以下のようなたとえ話にしてみました。たとえ話を使って、金融商品を含めたモノやサービスの持つ「本当の価値」とは何なのかを一緒に考えてみることにしましょう。
(以下、たとえ話)
とある週末、Cさんは冷蔵庫に晩酌用のビールがないことに気づきました。車で買い物に出かけてもよかったのですが、面倒なので、今日は歩いていける山口商店に行くことにしました。山口商店は、近所のDさんもよく使っている店なので、前から気になっていたのです。
Cさんはビールを2~3本買って帰るつもりでした。ところが、店でワインの試飲をしてみるとなかなかおいしかったので、それがきっかけで、店の主人と話をすることになりました。Cさんはもともとワインに興味があったのです。店の客はCさん一人なので、主人は熱心にワインについての薀蓄(うんちく)を語ります。このワインにはこのチーズが合うんだといって、本来は売り物のチーズも食べさせてくれました。
Cさんは、いままで知らなかったワインとチーズの魅力を知りました。ただ、今晩はビールを飲むという約束を妻としていたので、ワインとチーズはまたの機会にして、主人にお礼を言って、ビールだけを手に店を出ました。
次の休みの日、Cさんが新聞のチラシをみていると、店で教えてもらったワインとチーズがディスカウントストアで格安で売られています。Cさんは「これはいい」と思って、ディスカウントストアでワインとチーズを買い求め、自宅で楽しむことができました。
しばらくして、Cさんは山口商店を訪れます。そこでCさんは、「ディスカウントストアでワインとチーズを安く買えたこと」「安いチラシを見つけた自分がいかに優れているか」を主人に語ります。Cさんは、自分がいかに合理的な選択にたどり着いたのかを主人に納得してもらいたいようです。Cさんは主人にこう言います。「これから、ワインとチーズはディスカウントストアで買うことにします。」「いろいろと教えてくれてありがとう。」
主人は、最後にこう言いました。「よかったですね。」「でも、もう2度とお店には来ないでください。」
(たとえ話終わり)
私はCさんに対して、ファイナンシャルプランニングの観点から、遺族年金のこと、適切な保障額の計算方法などについて3時間ほどお話しました。自分で言うのもなんですが、これだけのことをきちんと整理したかたちで聞くことのできる機会というのはなかなかありません(しかもマンツーマン)。Cさんには、私が適切だと考える保険を提案し、Cさんはそれを検討してみるということで、その日は別れました。私のしたことは、酒屋の主人がワインやチーズを出したのと同じです。主人はリスクをとって商売しています。そのリスクとは、ディスカウントストアで安く買われてしまうリスクです。Cさんは情報だけ取って、山口商店で買い物しないこともできるからです。私の場合も、他社で安い保険を契約されてしまうリスクがあります。
結局、Cさんは会社が斡旋している安い保険に加入することにしました。ディスカウントストアで買い物をするということにしたわけです。私としては「ただ働き」になってしまいましたが、この選択について異議を申し立てるつもりはありません。私は本当のことをCさんに教え、Cさんは選択肢の中から自分が最適と思う選択をしただけのことです。本当のことを教えるという立場を貫くと、そういうことも起きるのです。特に、Cさんのように値段を重要な選択基準とする人には、その傾向が強いといえます。最近はやりの来店型の保険代理店に足を運ぶ人も、Cさんと同じような考え方なのかも知れません。
でも、本当にそれでいいのかなとも思います。Cさんは酒屋の主人と出逢うことで、いままで知らなかった新しい世界に触れることができました。また山口商店に行けば、もっと違ったことが学べたことでしょう。ディスカウントストアのほうが安く買い物できるのは事実なのですが、ディスカウントストアの店員は新しい世界を見せてはくれません。Cさんは、安い商品と引き換えに、もっと大切なものを得る機会を放棄してしまいました(そこに価値を見出さなかったから当然ですが)。
人は「目に見えるもの」を重視します。目に見えるものは「記号」といってもいいでしょう。人を判断するときに、人柄よりも所属する組織や出身大学などの「記号」をもとにするというのはよくあることです。けれども「星の王子様」でキツネが言うように、「本当に大切なものは目に見えない」のです。私が人を好きになるときには、その人が有名大学を卒業しているかどうかなんて関係ありません(そもそも大学を出ているかどうかすらまったく関係ない)。当たり前ですよね。人を判断するときには、実際にあって話したときの印象といった「目に見えないこと」が重要なのです。
自分が仕事をしているときは、そのことを自覚しています。目に見えないけれど、本当に大切なことをお客様に提供していき続けたいと考えています。だから、私の立場はまず「与える」ことから始めます。それを受け取った人が何かを感じてくれて、返してくれればよいと思っています。もちろん、すべての人が私の与えたものにありがたみを感じてくれるわけではありません。やっぱり、値段のほうが重要だったりしますから(笑)。でも、わかってくれる人もたくさんいます。私は、これからもそんな人と人とのつながりを大事にしていきたいなと思っています。
商品やサービスのもつ「本当の価値」とは、目に見えないところにあります。その「目に見えないもの」を作り出しているのは、人の心に中にあります。金融業界という数字だらけの業界でも、それは同じです。銀行の人、証券会社の人、保険会社の人、みんな心の中にあったかい気持ちを持っていて欲しいです(理想にすぎないのはわかっているけど)。
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