いまから10年以上も前のことです。生命保険会社に転職するにあたって、「ニードセールス」という考え方を教えられました。「ニード」(need)とは、いわゆる「ニーズ」のこと。お客様のニーズに合わせた生命保険を販売しようというのが「ニードセールス」です。
従来の生命保険はパッケージ型が主流でした(いまでもそれほど変わっていないはず)。パッケージ型は、一つの保険でいろいろな保障がついてくるのはメリットです、しかし、必要のない保障があっても取り外しにくいという問題がありました。それに対して、「ニードセールス」では、お客様は必要に応じた保障を手に入れることができるので、無駄な出費を避けることができます。
いま思えば当たり前の話ですが、その当時はたいへん感心しました。従来の生保営業があまりにお客を無視した形態になっていたからです。営業を始めたころは、この「ニードセールス」を金科玉条として、お客様のニーズにあった生命保険をセールスしたものでした。
けれども、セールスを続けていくうちに、ふと疑問を感じるようになってきました。
「お客様のニーズとはいったい何だろう?」と思うようになったのです。
40歳の男性、Aさん、Bさんの二人のケースについて考えてみましょう。二人の家族構成、収入、住宅など、すべての条件はまったく同じとします。「生命保険に対するニーズ」は、AさんBさんとでどのように異なるのでしょうか?
私のいた生命保険会社では、シミュレーションソフトを使って必要保障額を算出していました。求めた必要保障額が「ニーズ」だという考え方です。すると、AさんとBさんのニーズは100%同じということになります。シミュレーションソフトを使って、AさんとBさんの必要保障額を算出すると、数字は完全に一致するからです。
この考え方にあなたは賛成できますか?
10年前の私なら、「そんなもんだろう」と考えて受け入れたと思います。しかし、いまは違います。客観的に「ニーズ」が決まることなどありません。たしかに、計算上は数字が一致します。しかし、その結果と、結果に対してAさん、Bさんがどのように考えるのかとはまったく別の問題です。
二人の必要保障額が3000万円と計算されたとします。Aさんは元気そのものなので、保険なんて自分には必要ないと考えています。Bさんは親が重い病気にかかっているので、保険のありがたさを感じています。このように二人の考え方に違いがあれば、加入する保険はおのずから違ってきます。
客観的にみると同じような保障額が必要だとしても、当事者の考え方の違いによって、導かれる結論は大きく違ってきます。このように考えると、「ニードセールス」とはいったい何なのかという疑問がわいてきます。「ニーズ」とは、客観的に決まるものではなく、むしろお客様の頭の中にあるものです。
「ニーズ」が頭の中にあるものだとしたら、外からの影響を受けて、変化しやすいという特徴を持っています。「自分は絶対3000万円の保険に入らないといけないんだ。」という必要性を感じる人は、ほとんどいないでしょうから。となると、自分の中で納得できる数字が見つかればそれでよいということになります。その数字は5000万円かも知れませんし、もしかしたらゼロかも知れません。
これでは、「ニーズ」(必要性)とはいえません。どちらかというと「ウォンツ」です。「ウォンツ」とは「欲しい!」という感情です。「ニーズ」のように、必要に迫られているわけではありません。たとえば、ベンツを「ニーズ」を理由に買う人はいません(例外的にいるかも知れませんが)。ベンツは「欲しい!」という「ウォンツ」を感じた人が買うものです。
生命保険の場合でも、「ニーズ」というよりは「ウォンツ」の影響が強いと感じます。「欲しい!」という感情をくすぐられると、生命保険もたくさん加入してしまいます。セールスマンの腕の見せ所です(笑)。セールスでよい成績を残している人は、お客様の「ウォンツ」を引き出すことが上手です(なかなか難しいのですけどね)。
生命保険は特別な商品ではありません。「ニーズ」からすれば、携帯電話の買い替えなんてしなくてよいはずです。電話やメールが使えればよいのですから。しかし、新しい機種がでて「ウォンツ」をくすぐられると、やっぱり買ってしまいます。生命保険も携帯電話と同じなんですね。
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