2009年7月28日 (火)

タダほど高いものはない(投資信託・ETF選び・再考)

7月27日付けの日本経済新聞にこんな記事を見かけました。

ETF市場、個人が存在感 東・阪証取で首位も

国内の上場投資 信託(ETF)市場で個人投資家の存在感が増している。2009年1~6月の個人の売買金額シェア(委託売買ベース)は外国人を上回る45%を確保。すで に個人が中核を占める大阪証券取引所に続き、東京証券取引所でもシェアが外国人を6年ぶりに上回る可能性が出ている。上場銘柄数がこの6月末までの1年間 に8割近く増加。商品性の多様化も進み、銘柄選別の巧拙が問われる個別株への投資などより手掛けやすい点が注目されている。

ETF市場 での個人の売買シェアは03年に43.6%と外国人の25.8%を上回っていたが、05年には23.2%まで急低下した。世界的な過剰流動性を背景にした 外国人による大口取引が増えたことや、個人がネットなどを通じた個別銘柄の売買に傾いたためだ。

ETF人気の理由として、コストの安さがあげられます。国内株式のETFであれば、信託報酬はおおむね年0.1~0.2%といったところなので、一般的なアクティブファンドとは比べものにならないくらい低い水準です(一般的な国内株式のアクティブファンドであれば、信託報酬は年1.5%程度)。

たしかにコストの安さは魅力ですね。しかも少額の資金から分散投資ができます。個人投資家に人気があるのもうなづけます。高い信託報酬を負担したからといって、運用成績がよくなるわけではないので、コストが安いというのは重要なポイントです。その点は私も十分に理解しているつもりです。

ただ、「ETFのコストが安い=ETFが投資に最適な商品」という考え方には賛成できません。投資で成果をあげるために低いコストは重要だとは思いますが、それがすべてではないからです。コストの低い商品を買えば、資産運用はうまくいくというのは、単純な考え方です。もしそうであれば、資金を豊富に持ち、株式や債券を低いコストで売買できる機関投資家の資産運用はうまくいくということになります。しかし機関投資家であっても、必ずしも運用がうまくいくわけではありません。コストは資産運用で成功するための十分条件ではないのです。

コストが十分条件でないことを示す例として、作家の日垣隆さんの文章から引用してみることにしましょう(『裁判官に気をつけろ!』文春文庫p222~224)。なお、日垣さんの文章は「賭博罪」について考察していますが、ここではギャンブルのコストに注目して、引用している点をお断りしておきます。

パチンコや競馬や競艇が賭博であることに誰も異論はないと思いますが、必ず主催者が儲かるようにできているのは、寺銭または手数料をとっているからです。
(中略)
これらとは逆に、私の好きなブラックジャックは、いかなる国の合法カジノにおいてもプレーヤー側に有利に設定されています。寺銭や手数料に相当するものがありません。むしろ「ブラックジャック(エースと、10か絵札)が出たときの配当、および「16以下の場合ディーラーは必ずもう1枚引かなければならない」というルールは、明らかにディーラー側に不利です。


あなたはこのことを知っていましたか。カジノでは寺銭はとられません。株式投資に置き換えると、売買を何度してもまったく手数料は必要ないのと同じです。そこで、当然のことながら、「なぜカジノは儲かるの?」という疑問が出てきます。続きを読んでみましょう。

それでもなぜカジノ側が利益を出せるかといえば、プレーヤーが熱くなってしまうからです。
簡単に言えば、こういうことです。
パチンコでもバカラでもポーカーでも競馬でもいいのですが、まず1万円を出費して負け、さらに1万円、また1万円を出し、合計4万円をスッたとします。その後ようやく運が向いてきて、5枚目の1万円が5倍までになったとしましょう。ギャンブルで5倍とは、なかなかです。しかし彼(または彼女)は往々にして、ここで止めることができません。
なぜなら、トータルで彼(または彼女)は1円も儲けていないからです。5倍になる確率は相当に低いわけですが、5倍になったのに気を良くして、さらに儲けを大きくしようとして負けが込み始め、ついには手元に2万円(相当)しか残っていない状態になりました。勝ち始めたときからすれば2倍なのですが、本日の最初から計算すると、5万円の出費で2万円の残ということになります。だから、「せめて5万円にまで戻してから帰ろう」と彼(または彼女)は決意します。
これは確率から見て、とても不合理な発想です。熱くなるということは、確率論の発想ができなくなる状態を指しています。こうして寺銭のないブラックジャックですら、ディーラー側が総じて負けないわけです。


ギャンブルは1日限りの勝負が普通ですが、株式投資の場合、デイトレーダーでもない限り、1日で投資を終えることはありません。その点で、投資とギャンブルは必ずしも同じではありません。ただ、基本的には同じ構造をしていると考えてよいでしょう。ブラックジャックはコストゼロ(厳密にはややマイナスのコスト、つまりプレイヤーに有利)にも関わらず、おおむねプレイヤーが損をするしくみになっています。この考え方は、株式などの投資市場にもあてはまります。人間の性質は、対象がブラックジャックであれ、株式投資であれ変わらないからです。きちんと準備をしておかなければ、ほとんどの場合、損をすることになるのはどちらにも共通しています。たとえ取引にかかるコストがゼロであったとしてもです。ETFがコストが安い商品でも、成功を保証してくれるわけではありません。個人投資家が相手にするのは、プロですから。

ギャンブルで稼ぐためには、「ほどほど」を知ることです。熱くならないことが大切です。投資でも同じです。では、熱くならないようにするためには、どうすればよいのでしょうか。精神論では何ともなりません。そこで「しくみ」を作って対応しようというのが私の考えです。頭が熱くなるのを冷やしてくれる「しくみ」であれば、使用料を払う価値があります。その「しくみ」が変額保険です。変額保険は、保険のしくみの中で、ETFなどのコストの安い金融商品を活用していくので、熱くなる可能性が低くなっています。

目先のコストだけに注目していると、カジノと同じように主催者の思う壺になります。手数料の安さだけに注目するのではなく、人間の感情という本質的なところに眼を向けてみると、違った答えが見えてくるはずです。多くの人にそのことに気づいてもらいたいなと思います詳しいことを知りたい人は、『預金、やめた。』(ダイヤモンド社)を読んでくださいね。

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2009年7月24日 (金)

『預金、やめた。』 著者による解説 〔分散投資を広く考えよう〕

 拙書『預金、やめた。』では、変額保険という生命保険を資産運用に活用しようと提案しています。この提案はとても珍しいので、はじめて読むと私が何を言いたいのか、わからない人もたくさんいるはずです。先入観を持たずに本を読んでもらえれば、スーッと頭の中に入ってくるのですが、投資や生命保険についてそれなりの知識がある人にとっては、なかなか難しいようですね。
 
 生命保険会社の人たちに説明したこともありますが、「生命保険を資産運用に活用する理由がわからない」という意見が多く出ました。生命保険と投資というものを頭の中で切り分けてしまうと、こういう反応が出てきます。反対に、株式や債券を扱う専門家にこの話をしても、同じような反応になるはずです。彼らにとって生命保険というのは、投資とはまったく関係ないものとされているので、それを一体化させることなんて考えつかないからです(そもそも生命保険のこともよく知らないと思いますが)。

 専門化が進んでいる現代では、その専門性がエアポケットになることがあります。『預金、やめた。』で扱っている問題もこの点です。消費者の視点で見れば、生命保険と投資信託(や株式、債券など)を区別する必要などありません。自分の生活を豊かにしてくれる手段であれば、どんな方法を活用してもよいのですから。でも、私たちは生まれたときからずっと、生命保険と株とは違うものと教えられてきました(学校で教えられたわけではありませんが、社会ではそのように扱われているという意味です)。「刷り込み」というのはなかなか強力なので、なかなかその考えから自分を解放することはできません。

 でも、ちょっとだけ考えてみれば、「保険と投資は、実は同じ考えに基づいている」ということにすぐ気づくはずです。両方とも、「分散投資」を基本にしているのです。
 
 保険は「分散投資」のひとつです(この考え方は野口悠紀雄氏から学びました)。自分が望まないことが起きたときに一定の見返りがもらえるように、掛け金(保険料)を払います。望まないことが起きる確率は大きなものではありませんが、もし起きたとすると回復不能なダメージになることがあります。そこでそのダメージを小さなものにするために、保険に加入します。「ある条件を満たしたときにリターンが得られる行為」を投資だと考えれば、保険は立派な投資のひとつです。

 株式や債券などに投資する場合にも、この分散投資の考え方を用います。ひとつの会社の株式だけを持っていると、その会社が破綻したときに、株は紙切れになってしまいます。それを防ぐために、幅広い銘柄、幅広い資産に分散して投資することが薦められます。分散投資というのは、「他の資産に保険をかける」と表現することができるかも知れません。

 このように、「分散投資」という切り口から考えれば、生命保険と投資信託などの金融商品を区別して考える必要はありません。どちらも同じ考えに基づいているのですから。なぜ私たちは、このふたつを分けてしまうのでしょうか。

 「分散投資という言葉が、投資の世界に限って用いられているからだ」と私は思います。

 プロ投資家のように、お金をいかに増やすかということだけに注目している人にとって、「分散投資」は、A社の株をいくら買い、B社の債券をいくら買うという意味です。これはそういうお仕事だから、それでよいのです。お金をいかに増やそうかというときに、生命保険のことなんか考えませんよね。だって集めたお金がいくらあっても、お金だけじゃ保険には入れませんから。

 でも、私たち個人の立場は、プロ投資家とはまったく違います。私たちはお金をいかに増やすかというためだけに生きているわけではありません。お金のことも大切ですが、安心した環境の中で、近所の人たちと仲良くつきあうことも必要です。安心した環境を実現するためには、近所のつながりに時間をさくことも大切になります。町内会の仕事をしたり、子供たちの集まりにボランティアとして参加して、いろいろな人と知り合いになることが役立ちます。これは時間を投資することによって、安心を手に入れていることに他なりません。私たちは、個人のレベルではいろいろな方法を用いて、さまざまな問題に対応できるようにしていまう。これはまさに「分散投資」です。

 もしあなたの運命が、ひとりの人間またはひとりの組織(会社など)に大きく依存しているとしたら、どうでしょうか? もしその人また組織に何かが起きたら、あなたの人生は回復不能はダメージを負うことになります。だから、私たちはいろいろな人と仲良くするわけです(いつもそれほど打算的にばかり考えているわけではありませんが)。

 個人レベルの「分散投資」とは、必ずしもお金に限ったことではなく、生活全般に関わることです。その点から考えれば、私が提案しているような、「生命保険と投資の一体化」なんてまだまだ甘いといえるでしょう。本当に大切なことは「生活全体のポートフォリオ」を作り上げることです。その中には、必ずしも金銭的な価値であらわすことができないものも含まれます。

 このように書くと、何か難しいことのように感じますが、そんなことはありません。普段私たちがやっていることです。いろんな人とつき合うなんて、誰でもやっていることですよね。でも、それがあなたのリスクを下げることにつながっているのです。ただ、念のために言っておくと、「愛」だけは分散しちゃいけないですよ(笑)。

 そんなことを思いながら、『預金、やめた。』を読んでもらえると、嬉しいですね。

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2009年7月23日 (木)

『預金、やめた。』って、山口さんの本だったんですね。

今日の日経朝刊1面に、『預金、やめた。』の広告を載せてもらいました。おかげでアマゾンの順位も急上昇。いまみると、投資の分野ではなんと1位になってる!(すごい)瞬間風速だと思うけど、買ってくれた人には楽しんでもらいたいですね。

それにからんで、こんなメールをお客さんからもらいました。

(以下、メールの引用)

 『預金、やめた。』・・・ 山口さんの本だったんですね。

実は今日の朝礼の時、講話も聞かないで、後ろの人の机に置いてある日経の広告を目で追っていたところ、このタイトルに気づきました。『なんだよっ、山口さんの真似みたいな本書く人いるんだなぁ・・・。』と思っていたんですよ。ちゃんと著者まで見れば良かったですね。

 でもタイトル見ただけで“山口さんの本の”を連想できた事と実際にそうだった事がつながって山口ファンの1人として(山口指数が高まっている点で)密かに嬉しく思っています。

(引用終わり)

「山口指数」上昇中ですか(笑)。
この調子でどんどん感染者が増えていって欲しいですね。
どうせなら日本中に広めたいな~。

それからこんなメールも・・・・

(以下、メールの引用)

表題は、銀行協会から何か言われそうな題ですね。銀行協会がゴルゴ13を雇うかもしれないので、しばらく窓際には立たないほうがいいかもしれません。

(引用終わり)

う~ん。ちょっと怖いな。まっ、銀行も預金はして欲しくないはずし、そんなことやってる場合でもないはずだから、たぶん大丈夫だと思うけど・・・・
一応、用心しとこ。(でも、ちゃんと読めば、銀行にケンカ売ってるわけじゃないことはわかるはず)

人の感じ方って、いろいろですね。
本の感想が楽しみじゃ。

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2009年7月16日 (木)

『預金、やめた』で伝えたかったこと

 本日、2009年7月16日(木)は、私の最新作 『預金、やめた』(ダイヤモンド社)の配本日です。書店に並ぶのは、連休中もしくは連休明けになると思います。編集社、デザイナーのみなさんと力をあわせて作ったので、多くの人に読んでもらうことを期待しています。

 本書は、タイトル(『預金、やめた。』)からも想像できるように、資産運用に関する内容になっています。ただ、私が書いた本なので、純粋まっすぐに資産運用の方法を紹介するわけがありません(笑)。100年に1度といわれる金融危機に、ひとりの男(ただし投資の初心者)が、冷静に対応する姿が描かれます。なぜ彼は金融危機のピンチをチャンスに変えることができたのか?その謎を金融についての知識を学びながら、解き明かしていきます。最後には意外な結論が待っているので、ミステリーを読むつもりで楽しんでください。

 商業出版する以上、本は売れなくては意味がありません。エンターテイメント的な要素は当然、必要になります。しかし、お客に受けることだけの内容で、中身がないというのも困ったものです。伝えたい中身をいかに面白く表現するかが、作家の腕の見せ所となります。私はプロの作家ではないので、今回その点がうまくいったかどうかについて、正直なところ自信はありません。でも、原稿を読んでくれたほとんどの人が、ポジティブな反応を示してくれたことは、少なからず自信になりました。『預金、やめた。』というタイトルは、編集を担当していただいたダイヤモンド社のおとなぎさん(注:おとは「音」、なぎは「さんずいに和という字)が、本書を読んだ後に感じたところから名づけられました。本書の内容に共感して、本当に預金をやめる人が増えてくればいいなあと思っています。

 資産運用の本なので、「お金」がテーマなのは当然ですが、本当に伝えたいテーマは別にあります。それは「人と人の信頼関係」です。いまの時代ほど、人と人との信頼の重要性が高まっているときはありません。私はそう感じています。

 信頼関係について一例を挙げると、大人とこどもの関係があります。こどもが「何のために勉強するんですか?」と大人(親や先生)に質問したとき、あなたならどう対応しますか。おそらく、「それはね、○○ちゃん、△△(ここに理由が入る)だからよ」という答えをするはずです。勉強をするための理由を見つけて、それをこどもに伝えるというわけです。
 
 このような考え方をあなたはどう思いますか?不思議だと思いませんか? 私はとても不思議です。このような考え方に疑問を抱かない人が多くなっていることが、いまの時代の大きな問題だと思います。。私事になって恐縮ですが、私はバスケットボール大好き人間です。大学や中学の監督をしていたこともあります。コーチをしているときに、こどもから「何のためにバスケットボールをするのですか?」と聞かれたら、私ならこう答えます。

「とりあえずやってみたら。やっているうちにわかるよ。」

ってね(笑)。

 私はバスケットの経験が長いので、バスケットの魅力を説明する言葉はたくさん持っています。でも、言葉で説明したってわからないことのほうがはるかに多いのです。自分がバスケットを楽しいと思うようになったのも、バスケットをやる理由に納得したわけではなく、とりあえず続けているうちにだんだん面白くなってきたというのが実情です。当時のコーチや仲間を信じて、バスケットを続けていくうちに、新しい世界をみつけることができました。だから、こどもたちがもしバスケットに興味を持ったとしたら、まずは自分(コーチ)を信じてやってみようよ、というところからアプローチします。だって、バスケットをやったことがない人に、バスケットの魅力なんてわかるはずはないじゃないですか。最初は「俺を信じてついて来い!」としかいえないですよ(笑)。時代錯誤と言われるかも知れませんけど。

 何か新しいことを始めるときには、信頼できる「師匠」の存在が欠かせません。いったん弟子入りしたら、最初は問答無用で師匠の言うことに従うのです。これは信頼関係があるからこそ、成り立つ関係です。弟子には最初はなぜ師匠がこんなことを言うのかわからないことが多いはずです(そりゃそうですよね)。でも、時間をかけて修行を積むうちに、後になって弟子は師匠の言っていたことがわかります。そして、師匠の偉大さに気づくのです。

 人の成長過程って、このような師匠と弟子の信頼関係によるところが大きいと思います。それは資産運用というお金が絡む世界でも同じではないでしょうか。投資はそれほど簡単なものではありません。素人が思いつきで成功し続けられるような甘い世界ではないのです。そこで何らかの成果を上げたいのなら、自分にあった「師匠」を見つけ、その人に従うのが、成功の一番の近道だと思います。

 もちろん信頼できる人を見つけるのは簡単なことではありません。でも、よい師匠と出会うのも偶然ではないはずです。自分が成長しようという気持ちがあれば、適切なタイミングで師匠と出会えるはずなのです。あなたのことを真剣に考えてくれる師匠は、必ずどこかにいるはずです(そうじゃないと救いがありません)。

 投資という最も現実的な分野で、人と人との信頼なんていうと笑われそうです。投資は「弱肉強食」の世界だ、なんて怒られるかも知れませんね。でも、私は信じています。人と人とが信頼しあい、お互いに成長しあうことによって、お金の分野でもよいことが起こることを。人を信頼できないことが、金融機関を信頼できないことにつながり、預金にお金を預けっぱなしという状態になってしまいます。それが政府の無駄遣いにつながり、日本の将来を危うくしています。金融機関に勤める一人一人の社員が、どのようにお客さんと信頼関係を築くのかを真剣に考えるとともに、私たちの側でも、人を見極める目を持っていくことが必要なのではないでしょうか。

 本書を読み終わった後に、あなたは何を感じるでしょうか? 楽しみです。

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2009年3月12日 (木)

リバランスは第三の選択肢

 昨晩(3月11日)、NHK-BSで放送された「経済最前線」という番組で、リバランスの考え方についてコメントした。そこで今回は、リバランスの考え方についてまとめてみる。

 資産運用をする場合は、ひとつの資産に集中するということは少ない。大きく増える可能性もあるが、大きく減らす可能性も高いからだ。そこで通常はいくつかの資産に分けて運用することになる。たとえば、「日本株式25%」「日本債券25%」「外国株式25%」「外国債券25%」という4つの資産に分けた場合を考えてみよう。4つの資産が同じような値動きをすれば、割合はずっと変わらはずだが、長く運用を続けていると、どうしてもパーセンテージが変わってしまう。今回のように株価が暴落した局面では、スタート時に株式の比率が50%(日本株式25%+外国株式25%)だったものが、30%程度(日本株式15%+外国株式15%)しているケースもある。短い時間で、株式の比率が20%も下がってしまったのだ。
 このようなときに、資産の割合をもとに戻す行為をリバランスという(正確にはリバランシング)。上の例では、日本株式と外国株式の比率が低下している。ということは、逆からみると、債券の比率は50%から70%に上昇しているということである。そこで、債券の比率を50%に下げて(日本債券25%+外国債券25%)、株式の比率を50%に引き上げる(日本株式25%+外国株式25%)。つまり債券を売り、株式を買うことによって、スタート時の割合に戻すというのが、リバランスである。
 株価が暴落している状況では、株式の値段のほうが債券の値段よりも相対的に安いと考えられる。リバランスによって、債券を売り、株式を買うということは、「高いものを売り、安いものを買う」ということなので、合理的な行動である。もしいまの状況でリバランスをしなければ、株式の比率は低いままとなり、将来値上がりのチャンスを逃してしまうことにもなる。自分の感情にまかせると、値上がりしているものを売り、値下がりしているものを買うのは難しい。けれども、リバランスというしくみを使えば、その感情に反する合理的な行動をとることが可能になる。

 私はNHKの番組で、次のようなコメントした(多少、補足あり)。
「株式や投資信託のかたちで資産を保有している場合、値下がりに対して選択肢は2つしかない。〈売るか〉〈持ち続けるか〉である。これはどちらとも厳しい。売ってしまうと損が確定してしまうし、持ち続けたとしても将来が明るいとはいえない。」
「すでに持っているものが値下がりするのは嫌なものだが、これから買おうとするものが値下がりするのは大歓迎である。だから、値下がりしたものを買えるようにしておくのが賢い方法である。その意味で、リバランスは『第三の道』といえるものである。」
「値下がりをこわがるのではなく、値下がりを積極的に生かすという考え方がないと、資産運用を続けていくことはできない。なぜなら、資産運用というのは不自然なことをやっているからだ。資産運用に取り組む限り、必ず自分の感情と向き合わなくてはならなくなる。その感情をコントロールするためには、値下がりに対して具体的な行動を準備しておく必要がある。その行動のひとつがリバランスである。」

 あなたが荒波の中で船をこいでいるところを想像してほしい。目的地の方角ははっきりとわかっていても、波の中で進んでいる方向がずれてしまうことがある。そのままでは目的地にたどり着くことはできない。だから舵(かじ)を切って、最初に決めた方向に進んでいかなくてはならない。この「舵を切る」という行動がリバランスである。
 船のたとえでわかるように、大切なことは、目的地を決めることである。資産運用でいえば、リスク(ぶれ)を決めることである。どのくらいお金を増やしたいのか、そのためにはどのくらいの値下がりを許容できるのか、もし値下がりしたときは具体的にどのように対処するのか、そのようなことを事前に決めておくことが肝心だ。きちんとした計画を持っていれば、厳しい状況でも対応できる。リバランスも冷静に対処するための道具のひとつである。

 金融危機だからといって大騒ぎする人は、たぶん目的地があいまいなのだろう。実際にはいろいろとできることがある。いまからでもやり直すことは十分可能だと思うので、ぜひ正しい運用の考え方を学んで、前に進んでいって欲しいと思う。

番組で紹介されなかった詳しい内容については、http://www.office-yen.com を参照してください。

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2008年12月 8日 (月)

猿マネでうまくいくわけがない

少し前に、駒沢大学がデリバティブ取引で154億円の損失を出したと報道された。おそらく外資系の金融機関から「アメリカの大学は資金運用するのが常識だ」と言われたのを鵜呑みにしてしまったのだろう。大学教授といえ、運用に関しては素人と同じレベルなのだから、まんまとカモにされたというところだろう。お気の毒に(同情はしないけど)。

では、本家本元のアメリカの大学はどうなっているのだろう。ハーバード大学では2008年6月末から10月末までの4ヶ月で、大学の運用基金が80億ドル(7430億円)減少したとのこと(12月8日産経新聞)。6月末の運用基金が369億ドルだから、4ヶ月で資産の約5分の1を失ったことになる。さすが、全米最大の基金。スケールが違う。

ハーバードやエール、スタンフォードといった大学は、日本のように金融機関のいいなりで運用しているわけではなく、有能なファンドマネジャーを採用し、本格的な運用体制を整えている。それでもこれだけの損失が避けられなかった。とはいっても、ハーバードの場合は資産が減ったといっても、日本円にして2.7兆円もの資金ある。大学の屋台骨を揺るがすということにはならないだろう。

このニュースを読んで、ある本のことを思い出した。上地明徳著『ダマされたくない人の資産運用術』(青春出版社)という本だ(2006年12月出版)。その中で、上地氏はハーバード大学やエール大学の運用手法を絶賛している。その手法を個人でも取り入れようというのが、本書の主張である。73ページには、エール大学の例として、以下のポートフォリオが紹介されている。

「米国株式15.0%」「外国株式10.0%」「債券10.0%」「不動産17.5%」「ベンチャー投資25.0%」「絶対収益追求型(いわゆるヘッジファンド)22.5%」

このポートフォリオを見て、「おやっ?」と思わないだろうか。オーソドックスな上場株式や債券の割合よりも、不動産やベンチャー投資、ヘッジファンドの割合が高い。分散投資というかたちをとっているが、ハイリスク・ハイリターンのポートフォリオといえる。

上地氏は、エール大学のポートフォリオをそのまま個人にあてはめようと主張しているわけではない(もしあてはめようとしても、ベンチャー投資やヘッジファンドに投資するのは無理だからという事情もある)。ただ一貫して、エール大学の投資哲学を学ぼうと主張しているので、上のポートフォリオを理想としていると受け止めてよいだろう。たしかに運用実績からみると1980年から2000年までの21年間通算で、平均リターン年率17.4%という成績は立派といえる。

しかし、運用実績という結果だけを根拠にして、個人にハイリスク投資をすすめるような内容には、当時から疑問を感じていた。エール大学は数兆円という基金を持っており、高いリスクを取れる環境にあるからこそ、ハイリスク投資を選択している。それと同じ手法をリスクの取れない(または取ったことのない)個人にいきなり適用するのは、かなり乱暴だ。

こんな主張をすると、「金融危機後の運用成績を見て、批判するのはフェアでない」と指摘を受けるかも知れない。しかし、私は金融危機が発生する以前から、「個人はアメリカの大学の運用方法を猿マネをしてはいけない」と強調してきた。証拠として、2007年12月に私がクライアント向けに送ったレターの一部を引用する。

(以下、引用)

要するに「猿マネじゃうまくいかない」ということです。プロやお金持ちの方法から学ぶ必要はありますが、まずは自分でできることから始めたほうがよいのです。野球をはじめたばかりの少年が、イチローの技術をマネしても役に立たないということは、すぐにわかりますよね(笑)。

注意しなければいけない例をひとつ挙げておきましょう。ハーバード大学やエール大学といったアメリカの有名大学は自分たちの基金を、年10%以上の高い利回りで運用しています。そこで、これらの大学が用いているのと同じ組み合わせで運用してみることを推薦している人たちがいます(上地明徳著『ダマされたくない人の資産運用術』青春出版社)。著者に悪意はないのでしょうが、これを鵜呑みにしてはいけません。たとえば、ハーバード大学の基金は4兆円にもなります。日本では想像もつかない金額です。これだけの資産があるからこそ、リスクの大きな運用ができます。少しぐらい運用成績が悪くてもビクともしない状況があるのです。

大きなリスクを引き受けるためには、それに見合った資産が必要です。十分な資産がないのに、リスクの大きな投資をするのはギャンブルにすぎません。いま十分な資産がないのであれば、最初のうちは資産を確実に増やしていくことに全力をあげるべきなのです。ハーバード大学の方法をマネするのは、それからでも遅くはないでしょう。

(引用終わり) 

猿マネをすすめて、リスクを取れない人にリスクを取らせた人に責任はないのでしょうか(私はあると思いますよ)。今回は「100年に一度の金融危機」だそうだから、それを言い訳に使うのでしょうか。ずるいよ。私のように現場でお客さんと向かい合っている人は、そんな風に逃げられないのだから。お客さんがいなければ、何とでも言えるんだよね。ホントに。

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2008年11月25日 (火)

「本当の価値」が見える人・見えない人

普通預金、定期預金、外貨預金、個人向け国債、株式、投資信託、生命保険、個人年金・・・。世の中に出回っている金融商品はさまざまで、普通の人ではとてもすべてを理解することはできません。いったい私たちはなぜ金融商品を購入するのでしょうか?私たちは金融商品の価値をどのくらい理解しているのでしょうか?

最近改めてそんなことを考えました。そのきっかけとなったのが、Cさんとのやりとりです。Cさんは私のお客様(Dさん)からの紹介で、生命保険の見直しについて相談にいらっしゃいました。その経緯を以下のようなたとえ話にしてみました。たとえ話を使って、金融商品を含めたモノやサービスの持つ「本当の価値」とは何なのかを一緒に考えてみることにしましょう。

(以下、たとえ話)

とある週末、Cさんは冷蔵庫に晩酌用のビールがないことに気づきました。車で買い物に出かけてもよかったのですが、面倒なので、今日は歩いていける山口商店に行くことにしました。山口商店は、近所のDさんもよく使っている店なので、前から気になっていたのです。

Cさんはビールを2~3本買って帰るつもりでした。ところが、店でワインの試飲をしてみるとなかなかおいしかったので、それがきっかけで、店の主人と話をすることになりました。Cさんはもともとワインに興味があったのです。店の客はCさん一人なので、主人は熱心にワインについての薀蓄(うんちく)を語ります。このワインにはこのチーズが合うんだといって、本来は売り物のチーズも食べさせてくれました。

Cさんは、いままで知らなかったワインとチーズの魅力を知りました。ただ、今晩はビールを飲むという約束を妻としていたので、ワインとチーズはまたの機会にして、主人にお礼を言って、ビールだけを手に店を出ました。

次の休みの日、Cさんが新聞のチラシをみていると、店で教えてもらったワインとチーズがディスカウントストアで格安で売られています。Cさんは「これはいい」と思って、ディスカウントストアでワインとチーズを買い求め、自宅で楽しむことができました。

しばらくして、Cさんは山口商店を訪れます。そこでCさんは、「ディスカウントストアでワインとチーズを安く買えたこと」「安いチラシを見つけた自分がいかに優れているか」を主人に語ります。Cさんは、自分がいかに合理的な選択にたどり着いたのかを主人に納得してもらいたいようです。Cさんは主人にこう言います。「これから、ワインとチーズはディスカウントストアで買うことにします。」「いろいろと教えてくれてありがとう。」
主人は、最後にこう言いました。「よかったですね。」「でも、もう2度とお店には来ないでください。」

(たとえ話終わり)

私はCさんに対して、ファイナンシャルプランニングの観点から、遺族年金のこと、適切な保障額の計算方法などについて3時間ほどお話しました。自分で言うのもなんですが、これだけのことをきちんと整理したかたちで聞くことのできる機会というのはなかなかありません(しかもマンツーマン)。Cさんには、私が適切だと考える保険を提案し、Cさんはそれを検討してみるということで、その日は別れました。私のしたことは、酒屋の主人がワインやチーズを出したのと同じです。主人はリスクをとって商売しています。そのリスクとは、ディスカウントストアで安く買われてしまうリスクです。Cさんは情報だけ取って、山口商店で買い物しないこともできるからです。私の場合も、他社で安い保険を契約されてしまうリスクがあります。

結局、Cさんは会社が斡旋している安い保険に加入することにしました。ディスカウントストアで買い物をするということにしたわけです。私としては「ただ働き」になってしまいましたが、この選択について異議を申し立てるつもりはありません。私は本当のことをCさんに教え、Cさんは選択肢の中から自分が最適と思う選択をしただけのことです。本当のことを教えるという立場を貫くと、そういうことも起きるのです。特に、Cさんのように値段を重要な選択基準とする人には、その傾向が強いといえます。最近はやりの来店型の保険代理店に足を運ぶ人も、Cさんと同じような考え方なのかも知れません。

でも、本当にそれでいいのかなとも思います。Cさんは酒屋の主人と出逢うことで、いままで知らなかった新しい世界に触れることができました。また山口商店に行けば、もっと違ったことが学べたことでしょう。ディスカウントストアのほうが安く買い物できるのは事実なのですが、ディスカウントストアの店員は新しい世界を見せてはくれません。Cさんは、安い商品と引き換えに、もっと大切なものを得る機会を放棄してしまいました(そこに価値を見出さなかったから当然ですが)。

人は「目に見えるもの」を重視します。目に見えるものは「記号」といってもいいでしょう。人を判断するときに、人柄よりも所属する組織や出身大学などの「記号」をもとにするというのはよくあることです。けれども「星の王子様」でキツネが言うように、「本当に大切なものは目に見えない」のです。私が人を好きになるときには、その人が有名大学を卒業しているかどうかなんて関係ありません(そもそも大学を出ているかどうかすらまったく関係ない)。当たり前ですよね。人を判断するときには、実際にあって話したときの印象といった「目に見えないこと」が重要なのです。

自分が仕事をしているときは、そのことを自覚しています。目に見えないけれど、本当に大切なことをお客様に提供していき続けたいと考えています。だから、私の立場はまず「与える」ことから始めます。それを受け取った人が何かを感じてくれて、返してくれればよいと思っています。もちろん、すべての人が私の与えたものにありがたみを感じてくれるわけではありません。やっぱり、値段のほうが重要だったりしますから(笑)。でも、わかってくれる人もたくさんいます。私は、これからもそんな人と人とのつながりを大事にしていきたいなと思っています。

商品やサービスのもつ「本当の価値」とは、目に見えないところにあります。その「目に見えないもの」を作り出しているのは、人の心に中にあります。金融業界という数字だらけの業界でも、それは同じです。銀行の人、証券会社の人、保険会社の人、みんな心の中にあったかい気持ちを持っていて欲しいです(理想にすぎないのはわかっているけど)。

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2008年11月21日 (金)

新・医療保険取扱マニュアル

ファイナンシャルプランナーのBさんが「医療保険」について書いている。それを読むと、Bさんが医療保障を見直すときに最も重視する判断基準は「保険期間が終身になっているかどうか」とのこと。10年ごとに契約を更新し、80歳で終わってしまうタイプの医療保障(この場合は特約)がやり玉に上がっていた。

Bさんの主張は珍しいものではない。いまの日本では一般的な内容だ。最近では生命保険会社だけでなく、ファイナンシャル・プランナー(FP)も「医療保障は終身でなければならない」と強調する。でも、本当にそうなのだろうか?みんなが口を揃えて同じことを言う場合は、いちど疑ってみる必要がある(へそまがりだからね)。

終身タイプの医療保険が薦められる背景には、次のような考え方があると思われる。「①高齢になると病気になりやすい」→「②病気になると高額の医療費がかかる」→「③年金生活をしていると医療費が払えなくなるかも知れない」→「④だから一生保障する医療保険が必要」

①から④を順番に考えてみよう。①にあるように、高齢になると病気になりやすいというのはたしかである。人によって違いはあるけれども、これは人間の体のつくりも問題なのでどうすることもできない。

②に関して「病気になると高額の医療費がかかるのか?」という質問をされたとしたら、その答えは「イエス」でもあり、「ノー」でもある。どのくらい医療費がかかるのかは、その病気の種類と治療方針による。特殊なケースを考えれば、相当高額な医療費も覚悟しなければならないだろうが、健康保険が適用される病気であれば、高額な差額ベッドなどを利用しない限り、負担する医療費は常識的な範囲におさまるはずだ。日本の場合、健康保険制度がそれなりに機能しているので、過剰な心配をする必要はないだろう(注:近親者が思い病気にかかっているなどの経験を持っている人は、自分の感情と折り合いをつけるために違った考えになるのは自然なことだと思う)。

ケースによって大きく異なるが、「病気になると高額の医療費がかかる」という点には、疑問の余地が残る。したがって、その後に続く③→④という流れもあやしくなる。特に④のように、「医療費の負担に備えるために終身タイプの医療保険に加入すべし」という考え方には、素直に「うん」とはいえない。医療費の負担に備える方法は医療保険だけとは限らないからだ。

生命保険のセールスマンは保険を売るために、医療費と医療保険を結びつけたがる。たしかにわかりやすい理屈ではある。終身タイプの医療保険が医療費の負担に関する不安をすべて解決してくれるなら、文句をいうつもりはない。しかし、医療保険で医療費の負担に備えようとしたとき、次のような疑問が浮かんでくる。

1.歳をとれば病気になる確率が高くなる。したがって、終身タイプの保険に加入するためには、高い保険料を負担しなければならない。起きる確率が高いことに保険で備えようとすると、コストが大きくなる。

2.一般の医療保障が支払対象としているのは、「入院」「手術」がメインである。たとえば自宅で療養すると保険金は支払われない。抗がん剤治療でも手術をせずに通院のみだと受け取る保険金がゼロということもある(がんの治療でも保険金がでないことがある)。保険というのは条件に基づいて支払われるので、自由に使うことができない。本当は自宅で療養したいのに、入院すれば保険金が受け取れるから入院するということになるのなら、本末転倒なのではないだろうか。

3.いまの低金利で終身タイプの契約をするということは、一生条件の悪い契約をすることになる(FPの基本知識です)。また医療保険はインフレに対応することはできないので、歳をとってからも本当に安心とはいいがたい。

正直なところ、私は終身タイプの医療保障にはかなり疑問を持っている(それぞれの考え方は尊重しなければなりませんが)。「長生きリスクの増大→終身の医療保障」という考え方は、思考停止に陥った結果だと思う。保険会社の人間は保険という分野だけで考えないといけないのでしかたない部分もあるが、FPまで同じような考え方しかできないのは寂しい限りだ。

では、どうしたらよいのだろうか?

考え方さえ知っていれば、答えを導き出すのは簡単だ。保険が最も効果を発揮するのはどういうケースなのかを知っておけばよい。それは「起きる確率は低いけれども、もし起きたとしたらカバー不能なダメージを負うようなケース」である。一般には、家計の中心者の死亡した場合が考えられる。

歳をとったときの医療費の負担について考えると、起きる確率は高く、起きたとしても一般的にはそれほど大きなダメージではないと位置づけられるので、保険はそれほど有効ではない。このようなケースで有効なのは「現金」または「すぐに現金化できる資産」だ。入院をせずに自宅で生活するために、リフォームするといったときにも、現金なら対応できる。

医療保険が有効に機能するのは、仕事をしている時期である。もしこの時期に大きな病気をしたら困る。そのときのために、しっかりした医療保険に加入するべきだろう。期間を限定して加入すれば(65歳ぐらいまで)、保険料も安くなる(起きる確率が低いから)。これを終身タイプにしてしまうと、保険料負担の問題から、働いている時期の保障が小さくなってしまう。遠い将来のことを心配するがあまり、いま大切な保障が小さくなるなんていうのは、どう考えてもおかしいだろう。これがいまの「終身神話」の一番の問題点だ。

私が提唱する方法では、高齢時に医療保険に頼らなくてもよい状態をつくることを理想としている。したがって、働いている間に医療保険に加入するとともに、将来の資産形成もはじめておく必要がある。医療保険の保険料が安くなった分を資産形成にまわすという考え方でよい。どのように実行するのかについては別の機会に譲りたいが、長期にわたる資産形成になるので、リスクをとって運用していったほうがよいだろう。資産形成がうまくいけば、将来的に医療保険は必要なくなる。仮に資産形成ができる前に病気になってしまった場合は、そのまま医療保険を継続するという選択肢もある(保険料は高くなるが)。どんなケースでも柔軟に対応できるような「しくみ」を作っておくことが重要だ。

医療保険を考えるときにも、投資と保険という両面から見ていく必要がある。どちらか片方だけからの視点では、なかなかよい回答は出てこない。こういう考え方に共感してくれる仲間が増えてくれば、日本もよくなるのになあ。

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2008年11月20日 (木)

投資をやめないための工夫

株価がまた下がっている。こういう状況を見ていると、長期投資とはつくづく難しいと実感する。私のお客様は、今回の金融危機にも冷静に対応しているが、なかにはAさんのように心配になって連絡してくる人もいる。ただAさんの場合でも、値下がりしたときのことを事前に想定して毎月一定額をMRFから株式の投資信託に振り替える方法をとっている。Aさんの資産全体はたしかに目減りしているが、バーゲンセールの株を少しずつ買っているので、将来に対しての準備もできている。

Aさんのように「しくみ」を持って対応している人は少数派だろう。株や投資信託が値上がりしているときに購入し、そのままになっている人がほとんどだと思う。手数料の安いインデックスファンドやETFを使って分散して、長期保有すれば成果が出るということがよく言われてきたが、そんなに単純なものではないということが、今回の金融危機でわかったことだろう。

ちょうど1年前に『これでダメなら投資信託はもうやめなさい』(徳間書店)という本を出版し、長期投資の難しさを指摘した。手数料の安い投資信託を買って分散しただけでは、「感情」をコントロールすることはできないということを知って欲しかったからだ。「感情」の中でも特に重要なのは、「値下がりしたときの感情」だ。人間は損をしたときの痛みを強く感じる傾向がある。元本割れという現実を目の前にすると、冷静に対応することができない。長期保有がよいと頭でわかっていたとしても、我慢するしかないという状況にはなかなか耐えられない。

一度買ってしまった株や投資信託が大きく値下がりしてしまったら、選択肢は「そのまま持ち続ける」と「売る」という2つだけだ。このうち、「売る」という行動はハードルが高い。割り切って「損切り」するのならよい。だが、普通の人にはなかなかできない。値下がりしたものを売ると、「負けた」という気持ちが強く残ってしまうからだ。そこでそのまま持ち続けることになる。いわゆる「塩漬け」だ。「塩漬け」は一見すると長期保有と同じだが、実際にはそうではない。

長期投資の目的は、資産を長期に保有することで、元本よりも資産を(かなり)大きくすることである。しかし、一度「塩漬け」になってしまうと、次の目標は「元本を回復すること」になってしまう。もとの値段に戻ると、「やれやれ」という感じで売ってしまうことになる。たしかに損はしなかったのかも知れないが、これでは投資の意味がない。「塩漬け」という行為(というか何もしていないのだが)は、投資をやめてしまうというのと同じ意味でしかない。

長期投資にとって最大の関門は、「最初に経験する暴落」である。ここで、ほぼ全員がつまずく。以前ブログで書いたように(http://reindeer.cocolog-nifty.com/amenimomakezu/2008/11/post-deba.html)、投資は個人にとっては「不要不急」のものである。だから、個人投資家は損をすると傷ついたまま退場してしまう。個人はいつでも勝負から降りることができるので、結局勝つことができない。「その場から逃げたものは負ける」というのは投資市場というジャングルにおける残酷で当然の「おきて」である。

それでは、個人が投資で成功するにはどうすればよいのだろう?暴落のときでも、投資を続ける方法はあるのだろうか?

ひとつには、冒頭で紹介したAさんのように、一定額の投資信託をずっと買い続けるという方法がある。自動的に投資信託に振り替えるので、買っていることを意識せずにすむ。値下がりしたからといっても続けることは可能だろう。ただ、それでも途中でやめることはできるので、どうしてもやめたくなったときには続けることはできない(もちろんそうなったら、ファイナンシャルプランナーの立場からいろいろな話はする)。となると、究極の選択は「どうしてもやめられない」という状況をつくるのが理想ということになる。こんな方法はあるのだろうか?

考えられる方法は2つある。ひとつが「持ち株会」、もうひとつが「確定拠出年金(日本版401K)」だ。持ち株会は途中でやめるには勇気がいるし、確定拠出年金はそもそも60歳までは現金にすることができない。「やめられない」という点に注目すれば、この2つの方法にはメリットが大きい。

実際、投資家といわれるごく少数の人を除けば、株式投資でうまくいった人は、途中で投資をやめられなかったという人がほとんどである。会社の創業者であったり、持ち株を持たされていたりというケースである。自分の意志で株を買って、そのまま持ち続けてうまくいったなんて人は多くはない。

「途中でやめられない」ことは、普通はデメリットに感じるだろう。しかし、株式のように値動きの激しいものについてはメリットのほうが大きい。いまのようにバーゲンセールで株や外国資産を買うことができるからだ。値段が下がり続けている資産を買うのには勇気がいる。しかし「持ち株会」や「確定拠出年金」であれば、勇気がなくても買うことができる。大切なのは「しくみ」であって、「勇気」ではない。もししばらく使わなくてもよいお金であれば、有効な投資方法だろう。

もちろん注意すべき点もある。「持ち株会」は勤務先の株を買うことになるので、自分の会社の将来に期待できないのなら、薦められない。「確定拠出年金」は加入できる人が限定されているので、すべての人に使えるわけではない。途中で換金できない点も注意が必要だ。「持ち株会」も「確定拠出年金」も活用できないということであれば、生命保険会社が扱っている「変額保険」や「変額年金」を検討してもよい(ただし会社によって商品性やコストが違うので、十分に研究すること)。

いつでもやめられるという自由は、投資に関してはデメリットにもなる(特に個人の場合)。この機会に「途中でやめられないしくみ」を作ってみよう。いまのように投資意欲が下がっているときが、投資をはじめるチャンスなのだから。

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2008年5月 2日 (金)

仕事をしているときの生命保険①(シリーズ第9回)

第7のポイント 仕事をしているときの生命保険①

■仕事をしているときに重視すべきこと

前回述べたように、リタイアした後に役立つのは「資産」です。そうだとすると、仕事をしている間に役立つもの、必要なものは何でしょうか。もちろん資産は必要です。しかし、資産形成には時間がかかります。宝くじにでも当たらない限り、老後の生活に必要な資産を短期間で準備することはできません。それでは、十分な資産ができるまでの間はどうしたらよいのでしょうか?

あなたの収入が家族を支えていると仮定しましょう。そのときに、あなたが病気や事故で亡くなったり、収入が大幅にダウンしたら、残された家族はどうなるでしょうか。資産形成をするどころか、目先の生活資金にも困ることになるかも知れません。残された家族が働くにしても、以前と同レベルの世帯収入を得るのは難しいはずです。これでは、老後に豊かな生活を送ることは、かなり難しくなります。また、大きな病気をして、医療費の負担がかさむ場合にも、目標としている資産形成が遅れてしまうことが考えられます。

したがって、仕事をしているときに準備しなければ、ならないことは次の2つです。

①保障を充実させること
②計画的に資産形成をすること


シリーズ第7回で、生命保険の強みは「保障」と「長期の積み立て」にあるという話をしました。⇒ http://reindeer.cocolog-nifty.com/money/2008/04/post_98a2.html

そういうことであれば、仕事をしているときこそ、生命保険の「強み」が発揮されるわけです。この時期に生命保険をうまく活用できるかできないかが、将来大きな違いになります。

けれども、生命保険を正しく活用している人は驚くほど少ないというのが現実です。その原因は、生命保険会社の側にもあります。生命保険を販売することだけに熱心なあまり、顧客にとって将来重要になる「資産形成」の部分がおろそかになっていたのです。

21世紀に暮らす私たちには、それにふさわしい生命保険の活用方法があります。その方法をこれから紹介していくことにしましょう。

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