生命保険会社のCMから見える裏事情(下)
■ 敵を知り、己を知れば百戦危うからず
生命保険会社は「守りの姿勢」に入っています。お客さんを増やすことよりも、お客さんを減らさないことが大事にしているのが現在の姿です。生命保険の契約期間は長いので、お客さんが契約を続けてくれれば、会社にはずっとお金が入ってきます。収入を増やすのが難しいときには、なんとか減らさないよう努力をしているというわけです。
もちろん、このようなことをずっと続けているわけにはいきません。お客さんが増えずに時間が経過していけば、生命保険の契約は確実に減っていきます。人間には寿命がありますから。お客さんが契約を解約しないにしても、お亡くなりになってしまえば、契約は消えてしまいます。日本の人口は減少しはじめているので、これから生命保険会社が何も手を打たないと、契約が減少するスピードが早くなることは確実です。そのための対策として、海外進出や資産運用ビジネスへの進出といったことが考えられますが、これは今回のテーマではありません。今回は、生命保険会社が「守りの姿勢」をとりながら、どのようにして稼ごうとしているのかを知ることが、私たちの課題です。生保の稼ぎ方を知ることで、生命保険選びに役立てようというわけです。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」(孫子)という言葉があります。私たちは生命保険会社と戦争をしているわけではありませんが、相手のことをよく知ることは大切です。生命保険を含めた金融商品では、売り手と買い手の間に、「情報の格差」が生じます。そして、「情報の格差」は、必ず売り手である金融機関に有利に活用されます。だから、金融機関と対等につき合うために、金融機関が何を考えているのかについて、よく知る必要があるのです。「金融機関を疑え!」と言いたいわけではないのですが(私も金融に携わる人間なので)、お人よしではいけません。恋人同士だって、夫婦だって、友達同士だって、対等の関係でいるためには、どちらかに依存しすぎないことが大事です。
■生命保険のセールスは、車のセールスに似ている
生命保険の契約期間が長いことは、すでにお話しました。それでは、生命保険会社からみて、一度お客さんと契約を結べば、あとは何もしないでもよいということなのでしょうか?もちろんそんなことはありません。初めての契約は、お客さんが若いときでしょうから、掛け金もそれほど多くはありません。結婚して、子どもができるたびに、新しい保険を追加してもらうことになるのが普通です。このように、掛け金を増やしていってもらうのが、セールスパーソンの腕の見せどころです。
生命保険のセールスは、車のセールスに似ています。
初めて買う車は、それほど高価なものではありませんが、年齢とともにだんだんグレードアップしていきます。車検や修理をきちんとフォローすることで、新車も買ってもらえるというものです。いまの車は長持ちするので、大事にすれば、20年ぐらいは乗れるはずです(実際、海外では大事に使っている人がたくさんいる)。でも、ディーラーから見れば20年も同じ車に乗っていられるのは、はっきりいって迷惑です。魅力的な新車を出したり、ローンの金利を優遇したりして、あの手この手で買換えを勧めます。車検制度は、買換えを勧めるために、国、自動車会社、修理工場がグルになって運営する制度ともいえます。
車のディーラーは、ひとりのお客さんから何台もの車を買ってもらおうとします。10台の車を売るのに、お客さんを10人見つけるのは大変ですが、2人のお客さんに5台ずつ(同時にではないとしても)買ってもらうほうが、苦労はずっと少ないからです。ただ、そのとき問題になることがあります。お客さんが買い換えようと思ったとき、必ずしも同じメーカーの車を買い換えるとは限らないということです。いまトヨタの車に乗っている人でも、次に買い換えるときもトヨタを選ぶとは限りません。ホンダや日産に魅力的な車があれば、気持ちが動いてしまいます。あなたがトヨタのディーラーだったら、どうやってお客さんを引き止めますか?
もちろん、100%お客さんを引き止める方法なんて、ありません。お客さんが「どうしてもホンダの車が買いたい」といったら、その気持ちを変えることなんてできません。あなたにできることは、お客さんの気持ちが固まってしまう前に、こちらから新しい車を勧めることです。実際にその車を買うかどうかは別にして、お客さんが何を考えているかを知ることができます。お客さんの考えがわかったら、次は別の提案をすればよいのです。
そのときに大事な道具が2つあります。ひとつは「魅力的な車(商品)」、もうひとつは「下取りで優遇してあげること」です。魅力的な車が道具として必要なのは、いうまでもないでしょう。では、下取りはどうでしょうか。下取りの優遇とは、トヨタの車に乗っている人が、トヨタの車に買い換えるときには、より高い値段で買ってあげることです。これは、それなりに効果が期待できます。人間には、自分の所有物を、客観的な価値よりも高く評価する傾向があるからです(これは行動経済学でも裏づけられています)。いままで車を大切にしてきた人ほど、その車を高く評価して欲しいという気持ちがあります。下取りで優遇してあげることは、その心理をうまくくすぐることにつながります。「あなたがいままで大切にしてきた愛車だから、感謝の気持ちを込めて高く買取らせていただきます」と一言添えれば、お客さんの心も動いちゃうかも!
■生命保険の場合はどうなっている?
車のディーラーが考えていることは、次のとおりです。
①ひとりのお客さんから何回も買ってもらえるようにする。
②買換えを勧めるために、「魅力的な商品」と「下取りの優遇」を活用する。
これは車のセールスに限らず、どんな商品やサービスにも共通する考え方ですね。さて、それでは生命保険の場合はどうなっているのでしょうか。基本的な考え方は、車の場合と同じですが、もうちょっと巧妙にできています。何といっても、「情報格差」がありますからね。車の場合と比較しながら確認しましょう。
〈①ひとりのお客さんから何回も買ってもらえるようにする〉
30歳の星野さんは、60歳までの30年間にわたって、生命保険に加入しようと考えました。常識的に考えれば、契約期間30年の保険(掛け捨てタイプの「定期保険」)に加入すればよいのですが、おそらく違う方法を薦められるでしょう。それは、とりあえず40歳までの10年契約にしておいて、あとで契約を更新していくという方法です。
Z生命保険会社のセールスパーソンは、星野さんにこう言います。
「若いうちは保険の掛け金を抑えておいたほうが良いと思います。10年契約にしておくと、30年契約に比べて、毎月支払う掛け金は安くなります。更新すると掛け金は高くなりますが、そのときに給料が上がっていれば問題ありません。もし給料が上がっていない場合には、必要に応じて保障額を減額して掛け金をおさえればよいでしょう。」
もっともらしい説明ですが、本当でしょうか?この話に嘘はありませんが、かんじんなポイントが抜けています。あなたは気づきましたか?車の例を考えればわかるはずです。30年の契約だと1回しか契約をもらえませんが、10年の契約だと3回契約がもらえます。星野さんという人間はひとりしかいないのですが、あたかも3人のお客さんがいることになるのです。要するに、生命保険会社は3倍儲かり、星野さんは3倍の手数料を払うことになります。更新するタイプにする理由があるならよいのですが、特に理由がなくても、セールスパーソンが更新タイプを勧めるわけがわかりますね。
〈②買換えを勧めるために、「魅力的な商品」と「下取りの優遇」を活用する〉
「魅力的な商品」については、ここでも特に説明は不要でしょう。新商品を次々と作り出すというのは、すべての商売の基本ですから。生命保険も例外ではありません。ただ、生命保険のは、死亡や病気といった基本的なリスクに対応することから考えればよいので、新商品だからといって、あまり目移りしないほうがよいとは思います。
では、「下取りの優遇」についてはどうなっているでしょうか。生命保険の場合、ここが巧妙なしくみになっています。①では、セールスパーソンが「掛け捨てタイプの保険を更新型にして薦めること」が多いことを指摘しました。ただ、この方法だけでは効果が大きくはありません。価格競争の影響から逃れることができないからです。星野さんが自分の加入しているのと同じ保険が、他の会社ならもっと安い値段で加入できると知ったら、いまの保険を解約して、他の会社と契約してしまうでしょう。これを防ぐとしたら、ある程度価格競争をしていくしかありません(実際、新しくできた生命保険会社は低価格を売り物にしています。失うものがないのですから、当然の戦略といえます)。
価格競争をしないで、契約を続けていくためには、ちょっとした仕掛けが必要です。そこで登場するのが、「貯蓄性の保険」(終身保険や養老保険)です。ここには掛け金の一部がプールされるので、掛け捨てにはなりません。この「貯蓄性の保険」と「掛け捨ての保険」を組み合わせることで、ひとりのお客さんから稼ぐしくみができあがります。
「貯蓄性の保険」にはお金が残っているので、お客さんは「自分の所有物」だと感じます。預金と同じようなイメージですね。だから、途中でやめると損だと思ってしまいます。保険は将来に対してかけるものなので、過去について損得はないのですが、錯覚が起こるわけです。自動車の例でいえば、本当に乗りたい車があれば買い換えればよいだけのことなのですが、下取り価格が低くて、買うのをあきらめちゃうといったケースです(本末転倒です)。
生命保険の場合は「お客さんに所有しているという錯覚を起こさせる」というところが巧妙です。また、更新タイプをすすめることで、時期がたてば買換えのことを考えなくてはならないようになっています。ほうっておいても、いつかは保険のことを考えなくてはいけない仕組みになっています。車の車検制度と同じです。
知れば知るほど、「生命保険のしくみは、よくできてるな~。」とつくづく感心します。これを発明した人は天才です(もちろん皮肉だけど)。生命保険会社にとってはよくできたしくみです。生命保険の場合、お客さんが自分から動くことは少ないので、一度保険会社を決めるとそのまま続けるというケースがかなり多くなっています。そのお客さんから最大限稼がせてもらうという観点からいえば、いまのしくみは最高ですね。
でも、本当にこれでいいのでしょうか?私たちももっと勉強して、掛け金に見合った価値が得られているのか、ちゃんと考えないといけません。「情報格差」はそのままにしておくと、どんどん拡大してしまいます。私たちのレベルが上がれば、生命保険のレベルも上がります。一緒に勉強していきましょう。
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