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1行紹介
億万長者にならなくても、お金に困らないで暮らしていく方法を多くの人に知ってもらいたい。
自己紹介文
年齢: 46歳
性別: 男
家族: 妻・長女
1963年、徳島市に生まれる。
生まれたときの体重は、3960g。しかも逆子(さかご)だったので、母には大変苦労をかけました。生まれたときに産声をあげられず、お医者さんがお尻をたたいて、やっと泣いたそうです。
父親の仕事の関係で、中学入学までに7回住所が変わりました。体が大きいわりに恥ずかしがり屋だったので、子どものときは一人でお買い物にいくこともできませんでした。それでも「正義感」だけは強く、女の子をいじめる上級生にケンカを挑むこともありました。
1975年 開成中学入学
町立小学校から進学校の開成中学に合格。まわりの人は「開成?それどこの学校?」という反応。本当にびっくりしたのは自分自身。合格したときの嬉しさが落ち着いてからは、「本当にやっていけるのかな・・・」と不安な気持ちで一杯でした。
でも、そんな不安は入学してすぐなくなりました(みんな思ったほど勉強ができる訳でもななかったので)。開成では、勉強そっちのけで、スポーツに専念しました。特に熱中したのがバスケットボール。先生に叱られながらも、コートを走り回りました・
1983年 一浪後、一橋大学入学
大学もバスケひとすじ。大学は東京の国立(くにたち)という街にあります。落ち着いた街です。ここで大学生活を送れたことは、とてもよい思い出です。
1987年 総合商社入社
それまで外国に行ったことがなかったので、「海外に行ってみたい」という、子どもっぽい理由で、商社に就職しました。その望みどおり、入社して2年後の1989年、シンガポール勤務となりました。
シンガポールで感じたことは、「いったん日本を離れてしまうと、卒業した学校の名前とか、会社の名前って、何の意味もない。一人の人間として、自分を磨かないと通用しない。」という、当たり前のことでした。そのことに気づいて、自分が主導権を持って生きていこうと考えるようになりました。
1996年 生命保険会社入社
シンガポールで感じた思いが具体的にアクションにつながったのは、それから7年後のことです。実績主義の生命保険会社に転職をしたのです。恥ずかしがり屋の私にしたら、かなり思い切った決断です。
転職した理由は、収入ももちろんのこと、私の「正義感」を刺激されたのが大きかったように思います。
もともと生命保険業界に対しては、あまりよい印象はもっていませんでした。だから、転職の誘いの電話があったときは、まさか自分が生命保険の仕事をするなんて、想像もしませんでした。
なぜ最終的に転職を決めたかというと、いまの会社には「正義」があると感じたからです。その「正義」とは、「お客様に正しい情報を伝えて、本当に納得いく形で保険に加入してもらおうという」ということです。
早いもので、入社してから10年が経とうとしています。いいことも悪いことも経験しました。そして、その経験を通して、私のますます「正義感」は強くなっています。
といっても誤解しないで下さいね。私が「正義」で、他が「悪」ということではありません。私の考える「正義」とは、「納得いくまでとことん説明した上で、お客様に判断してもらう」ということです。金融機関には、お客様との知識のギャップを利用して稼ごうという傾向がありますが、私はそういうやり方が大嫌いです。
そんな思いを、お金に関するメールマガジン(非常識な「マネー学」@まぐまぐ)で発表していました。事情があって中断してしまいましたが、こんどはブログで再開です。
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著書
2007年9月『会社勤めでもできる余裕の年金づくり』(明日香出版社)
2007年12月『これでダメなら投資信託はもうやめなさい』(徳間書店)
2009年7月『預金、やめた。』(ダイヤモンド社)
興味のあること
「難しいことをわかりやすく説明する方法を考えること」 「娘と一緒に勉強すること」 「子ども達にバスケットボールを教えること」 「千葉ロッテマリーンズを応援すること」 「最近注目している人物: 甲野善紀氏・小阪裕司氏」